今日は、ヒューヒューと風が冷たく強いですね。
私が20代の頃は、貯金の中から、少しづつ、ジュエリーを買うのが楽しみでした。
今ではもう身に着けないモノもありますが、どれも思い出が詰まっています。
私の娘が母から受け継いだリングは。。。
ダイヤのついたGOLDのリング。
裏を見ると、ダイヤは0.11とあります。
石は小ぶりですが、高さと枠のデザインで、大きく見えます。
全くジュエリーには興味がない私の娘ですが、この祖母からのリングは
とても気に入っているようで、大切にして、時々着けています。
母の部屋には、この他にも沢山、思い出の写真が飾られています。
5人の孫がいる母、初孫で女の子ということもあり、嬉しかったのか
小さい頃は、よくオシャレをさせて、二人で都内にお出かけしていました。
今から15年前?小学校の卒業式にも来てくれました。
毎年クリスマスの頃は、二人で恵比寿のガーデンプレイスへ。
母は好きな赤のロングコート、娘にも赤いチェックのコートをプレゼントしてくれました。
このコートは、私の孫に?と、今でも大切にクローゼットの中に。
私のこだわりで、スエードのロングブーツに革の黒いバックを持たせて。
もっと小さい頃、黒のケープ付きの可愛いコートもプレゼントしてくれて、
私の孫までとっておきたかったのに、なぜだか、母の友人のお孫さんの元へ。
戻ってくると思っていたら、ナント!返ってこなくて、
勝手に処分されたのかと思うとショックで、、、今でも心残りです。
私も、祖母から受け継いだパールの指輪があります。
祖母から。。。なんだか特別な思いを感じています。
きっと、娘も同じ気持ちなのでは。。。
度々たのしく拝見しております。
写真もとってもうつくしく、大切にされていらっしゃる様子が伝わってきます。^_^
私も娘達のお洋服は手洗いして
大事に大事に着せていますが、
私の自己満足かなと最近は思います。
私の母も物を大切にしています。
今まで何度か頂き物をしています。お下がりですが、使わなくてなったお皿などが多いのですが、最近は断るようになりました。
それは、執着心というか
思い入れが強く、それが私には重すぎだったりするのです。いらなくなったら
返してね、と母は言うので
私はそれなら、いらないと断っています。
前あげたあれは今どこにあるの?
とか、たまに使っていると
使ってくれてるのね、嬉しいわ
など、その物に対しての思い出までは
私には背負えないなぁと思い
断る事にいたしました。
それぞれに物に対しての価値観や
思い出は様々ですが
どのようにか人に渡った物に対しては
もう、その方の物なのではないかなと
私は思うのです。
ブログを読ませて頂いて
母を思い出したのでコメントしました。
それぞれに感じ方は
あるかと思うのですが、返してくれなかった方が信じられないというのも
きっと、返さなかった方は何の悪気もないのでしょうと思いますよ^_^
きっと、たくさんかわいく着てくださって
もう着れないくらいになったのねー
っと解放されたらいいのかなと
大きなお世話なコメントでごめんなさい
はし様
初めまして、コメント頂きまして、どうもありがとうございます。
確かに、はし様のおっしゃる通りですね。
このブログの短い内容だけでは、ちょっと説明不足でしたが・・・
ただ、もう20年以上前のことで、その時の経緯もはっきりとは覚えていませんが、私としては「何か行事で使うみたいで、少し貸してほしい」という認識でしたので、戻ってくると思い、母に渡したと思います。流石に私も、手放す=あげる、ということだと思っていますので、それなら、やんわりお断りして渡しませんでした。
とっても、しっかりとした作りの母が選んでくれた素敵なコートでしたので。
ですので、あげたということで、勝手に処分されたことを信じられないと思ったわけではないのです。
当時、私もすぐ母を通じて先方に言えばよかったのですが、そのことが心残りで、娘が着ている写真を見るたびに、思い出してはちょっと引っかかっています。
そのことでは、珍しく母にもきつく問いただしてしまったことも、、、
それから得た教訓として、とにかく、自分が大事なモノなら、手放してはいけないということ。
私もはし様のお母様に感性が似ているのかも。。。
確かに相手は、私のそのモノに対する“思い”など、全く知る由がないですものね。
今回、そういう重たい?と感じる、娘側(相手側)の気持ちがあることを知り、良かったです。
ご丁寧に、コメントありがとうございました。
これからも、どうぞ宜しくお願い致します。
芳恵さん
こんにちは。芳恵さんのお気持ち、とてもよくわかります。私も状況は違うのですが、「母から私と娘へ」としてもらったあるものが、ふとしたことで、自分の意に反して、自分の手から離れ、(私はそれが誰のもとにあるかをわかっているのですが)、事情があって、15年以上たっても、いまだにその方に何も言えないでいます。でも、時々、そのことを思い出し、複雑な気持ちになることがあります。
同時に、はしさんの「執着心」というご指摘も、とてもよくわかります。思いや思い入れというのは裏を返せば執着。ですが、この執着は、私たちにとって本能でもあり、時に、この執着があるからこそ、何かを成し遂げるという良い面もありますよね。
ですが、何にしても、この執着が、自分の心を苦しめているとすれば、やっぱり手放すほうが良いような気がいたします。
例えば、芳恵さんも、私も、こんな風に考えてみるのはどうでしょう。
自分が大切にしていたモノで、ほんのひとときでも誰か別の人をも幸せな気持ちにすることができた。私たちだけでなく、別の誰かを幸せにすることが、その「モノ」が(そのモノ目線から言えば)この世にでてきた役割でもあった。そして、私が今とっても大事に思って、手元にあるこの別の「モノ」は、今は私の手元にはあるけれど、もしかしたらどこかの誰かが大切に思いながらも何らかのことで手放してしまい、それが回りまわって今自分の手元にあるのかもしれない。だとしたら、そういうご縁で、自分のもとにきたこの「モノ」をありがたく思って大切にしよう。そして、私が大切に思っていたあの「モノ」も、そういうご縁で誰かのところに行ってしまったのなら、それでよしとしよう。
いかがでしょう、こんな風に考えながら、私も芳恵さんも、お互いに、そろそろラクになってみませんか。
このメッセージ、お読みになられたら、アップせずにどうぞ削除して下さいね。芳恵さんのお心が少しでも軽くなればと思い、書かさせていただいただけなので。
p.s. 今、私が住んでいる地域はコロナウイルスのために外出制限も出ていて大変です。でも、良い機会だと思って、断捨離なども始めています。もう一度、これからの自分にとって本当に必要なものを見極めていこうと思いながら….。そんな中、娘のバックパックの一部の布がさけてしまい、直してくれというので、そこを亡くなった祖母の着物を解いた生地で補強しようとしています。何となく、祖母が娘を守ってくれるような気がして。勝手な想像ですが、芳恵さんもそういう思いも、きっとおありだったのではないでしょうか。その思い、きっと芳恵さんのお母さまにも、ご先祖様にも伝わり、またお嬢様にも、このあとの代にも、どんどん引き継がれても行くように思います。
どうぞ、お元気でお健やかな日々を。また、ブログ、楽しみにしてますね!
理恵子様
コメント頂きまして、どうもありがとうございます。
と同時に、まずは、先に謝らなくてはいけません、本当にごめんなさい。
「お読みになったら、アップせずにどうぞ削除して下さい」とあるにも関わらず、アップしたことお許し下さい。
理恵子様にも私と同じようなことがあったのですね、共感してもらえたことが嬉しく思います。
理恵子様のコメント、まさにその通りで、心を打たれたと言いますか、動かされましたので、私たちと同じような思いをされている方にも是非読んで頂きくて。
私は、モノに対しての執着が強いと思っています、それが、いいこともあれば、よくないことも、、、
頭では、わかっていても、長年そうして生きてきたので、なかなか思い切って行動に起こすのは難しく、何か大きなきっかけがあるといいのかもしれません。
考えてみると、アンティ―クが好きな私ですが、それも全て、誰かが大切にして手放したモノですものね。
これからは、色々身軽にして、少し楽に生きていこうと思いました。
理恵子様、とても親身になって頂いて、嬉しい限りで、心がスッと致しました。
お祖母さまが守ってくれると、お着物の生地で補強、とても素敵ですね!そのお気持ちよくわかります。
日本もそうですが、そちらもコロナウイルスで大変ですね、皆様お体に気を付けて、どうぞご自愛下さい。
これを機に、もうコメント下さらなかったら、、、と心配しております。
芳恵さん
どうかどうか、ご心配なく。アップされることで、かえってお心の負担になりませんよう、という思いからの言葉でしたが、芳恵さんのほうでは「他の同じような思いの方にも読んでいただきたい」とのこと。そのお心に、私の方こそ感謝感激です。この際、そういう思いの方みんなでスッとラクになりましょう。(笑)
こちらこそ、いつもありがとうございます!
理恵子様
お返事どうもありがとうございます。
良かったです、安心致しました。
私は、負担どころか、あのように言って下さり本当に嬉しかったです。
私自身もそうですが、誰かお一人でも、私たちのやり取りをご覧になって楽な思いになれたら。。。
いつも、温かいコメントをどうもありがとうございます。
日本は、あっという間に、桜もかなり咲き、春を迎えています。